先日、ニュースで「エイズ患者の報告数が緩やかに増加している」という報道を目にしました。エイズ(AIDS)は、後天性免疫不全症候群の略称です。この病気自体が直接の死因になるわけではありません。しかし、体の免疫システムがウイルスによって壊されてしまうため、健康な人なら問題にならないような病原体にも感染しやすくなり、重い症状を引き起こすことがあるのです。
「自分には関係ない遠い話だ」と感じるかもしれません。でも、本当にそうでしょうか。厚生労働省エイズ動向委員会の最新報告によると、2023年に日本で新たに報告されたHIV感染者数は633件、エイズ患者数は252件でした。HIV感染者の報告数は前の年より少し減りましたが、エイズを発症して初めて感染がわかった、いわゆる「いきなりエイズ」の割合は、依然として全体の約3割を占めています。
この数字は、多くの人が自分の感染に気づかないまま日常生活を送っている可能性を示しています。これは恐ろしいことです。
私が過去にHIV検査を受けたこと
私が初めてHIV検査を受けようと決心したのは、社会人になって数年が経った頃でした。何か特別なきっかけがあったわけではありません。ただ、テレビやネットでHIVの話題に触れるたびに、胸の奥がザワザワするのを感じていました。
「自分は大丈夫なはず。でも、万が一ってこともあるよな…」
「もし陽性だったら、人生どうなるんだろう…」
そんな考えが頭の中をぐるぐると回り、仕事に集中できない日もありました。この正体不明のモヤモヤした不安を抱えたまま生きていくのはもう嫌だ。白黒ハッキリさせたい。そう思い立って、震える手で近所の保健所のウェブサイトを開いたのが、私の第一歩でした。不安でいっぱいでしたが、受けてよかったです。
まず知っておきたいHIVとエイズの基本的なこと
得体の知れないものほど、不安は大きくなるものです。まずは、HIVとエイズについて正しく知ることから始めましょう。
HIVとエイズって、何が違うの?
この二つの言葉はよく混同されがちですが、意味は全く違います。
- HIV(ヒト免疫不全ウイルス)
病気の原因となる「ウイルスの名前」です。このウイルスが、体を病気から守る免疫細胞を破壊します。
- エイズ(後天性免疫不全症候群)
HIV感染後、治療をせずにいて免疫力が著しく低下した結果、特定の病気を発症した「状態の名前」です。
インフルエンザに例えると、HIVが「インフルエンザウイルス」で、エイズが「インフルエンザ(高熱や関節痛などの症状が出た状態)」と考えると分かりやすいかもしれません。つまり、HIVに感染したからといって、すぐにエイズになるわけではないのです。
HIVに感染したら、必ずエイズになるわけじゃない
ここが最も重要なポイントです。かつては「HIV感染=死」という絶望的なイメージがありましたが、現代の医療では全く違います。
治療薬の研究は飛躍的に進歩し、ウイルスの増殖を抑える効果的な薬がたくさん開発されました。HIVへの感染がわかっても、早期に発見してきちんと治療を続ければ、体内のウイルス量を検出できないレベルまでコントロールできます。
そうなると、エイズを発症することなく、感染していない人と同じように健康な毎日を送ることが可能です。もちろん、寿命も変わりません。今やHIVは「死の病」ではなく、「長く付き合っていく慢性疾患」の一つとして捉えられています。

日本のHIV感染の「今」はどうなっているの?【最新データより】
では、現在の日本の状況はどうなっているのでしょうか。厚生労働省が発表している最新の動向データをもとに見ていきましょう。
新規感染者数の推移と現状
2023年の新規HIV感染者報告数は633件、エイズ患者報告数は252件でした。ピーク時に比べると減少傾向にはありますが、毎年これだけの方が新たに感染や発症を報告しているのが現実です。特に、検査を受けないままエイズを発症して初めて感染が判明する「いきなりエイズ」の割合が約27.4%と高い水準で続いている点は、大きな課題です。
年代別・性別で見る感染の割合
新規HIV感染者は、男性が全体の約9割を占めています。年代別に見ると、20代から40代の働き盛りの世代が中心です。
年代 | 新規HIV感染者数(2023年) |
20代 | 178人 |
30代 | 162人 |
40代 | 134人 |
50代 | 82人 |
(出典:令和5(2023)年エイズ発生動向年報(確定値)の概要)
このデータは、性的にも社会的にも活動が活発な世代にとって、HIVが決して無関係ではないことを示しています。
主な感染経路は「性的接触」がほとんど
気になる感染経路ですが、新規HIV感染者のうち、性的接触によるものが大多数を占めています。その中でも、同性間の性的接触が全体の約6割です。
しかし、異性間の性的接触による感染も約2割あり、性別や性的指向に関わらず、性的接触の経験がある人なら誰にでも感染のリスクはあります。
「自分は大丈夫」が一番危ない?感染リスクは誰にでもある
「パートナーは一人だけだから大丈夫」「真面目そうな人だから平気」
そう思っていませんか?実は、その「思い込み」が一番危険かもしれません。
パートナーが一人でも安心できない理由
たとえ今、あなたのパートナーが一人だったとしても、100%安全とは言い切れません。なぜなら、あなたやあなたのパートナーの「過去のすべての性的接触」が関係してくるからです。
HIVは、感染してから自覚症状が出るまでに数年から、長いと10年以上かかることも珍しくありません。つまり、パートナーがあなたと出会うずっと前に感染していて、本人もその事実に気づいていない可能性があるのです。
「あなた」→「今のパートナー」→「パートナーの過去の相手」→「さらにその相手…」
このように、感染のリスクは自分では見えないところまで繋がっています。だからこそ、「自分は大丈夫」という根拠のない自信は禁物なのです。

不安を「安心」に変える第一歩。HIV検査を受けてみること。
もし少しでも不安を感じるなら、検査を受けてみることを強くお勧めします。結果がどちらであれ、モヤモヤした不安を抱え続けるより、ずっと気持ちが楽になります。
HIV検査はどこで受けられる?保健所やクリニックなど
HIV検査は、意外と身近な場所で受けることができます。
- 保健所: 多くの自治体の保健所では、無料・匿名で検査を実施しています。予約が必要な場合が多いので、お住まいの地域の保健所のウェブサイトを確認してみてください。
- 検査・相談室: 東京都の「新宿東口検査・相談室」のように、自治体が運営する無料・匿名の検査専門施設もあります。
- 医療機関(病院・クリニック): 泌尿器科や内科、産婦人科などで検査を受けられます。こちらは有料で保険適用外ですが、他の性感染症も一緒に調べてもらえるメリットがあります。
- 郵送検査キット: 自宅で血液を採取し、検査機関に郵送するだけで結果がわかるキットです。誰にも会わずに検査できる手軽さが特徴です。
私が体験した「無料・匿名」のHIV検査の流れ
私が初めて利用したのは、保健所の無料・匿名検査でした。行くまでは本当に緊張しましたが、当日の流れは思ったよりずっとシンプルで、プライバシーもしっかり守られていました。
- 受付: 名前は聞かれず、番号札を渡されるだけ。本当に匿名で安心しました。
- カウンセリング: 個室で相談員の方と簡単な問診。感染が不安な行為について話します。責めるような雰囲気は一切なく、とても親身に聞いてくれて、少し気持ちが和らぎました。
- 採血: 看護師さんが腕からほんの少しだけ血液を採ります。痛みはチクッとする程度ですぐに終わりました。
- 結果待ち: 約1時間ほど待ちます。この時間が一番長く感じ、心臓がドキドキしました。
- 結果説明: 再び個室に呼ばれ、先ほどの相談員さんから直接、結果を告げられます。
私の結果は「陰性」でした。結果が分かった時、大丈夫だと思ったもののホッとしたのを今でも覚えています。
検査結果が「陽性」だったら?その後の治療とサポート
もし、検査結果が「陽性(HIVに感染している)」だったとしても、決して一人で抱え込む必要はありません。
検査を受けた場所では、その後の流れについて丁寧に説明し、専門の医療機関を紹介してくれます。そこでは、今後の治療方針や生活について、専門家が親身に相談に乗ってくれます。また、同じHIV陽性者やその家族を支援するNPO法人などのサポート団体もたくさんあります。
先ほどもお伝えした通り、今は良い薬があります。きちんと治療を始めれば、健康な人と変わらない生活を送ることが可能です。大切なのは、パニックにならず、専門家やサポート団体と繋がり、落ち着いて次の一歩を踏み出すことです。
まとめ:不安を行動に変えて、一歩前に進もう
HIVへの不安は、とても重く、苦しいものです。私もその気持ちが痛いほどわかります。でも、その不安を「検査を受ける」という一つの行動に変えたことで、私は心の平穏を取り戻すことができました。
HIVはもはや特別な病気ではありません。正しい知識を持ち、予防し、必要であれば検査を受ける。それは、現代を生きる私たちの、新しい「当たり前」なのかもしれません。